ブログ - 日々の活動などなど

ネパールの様子(ひ~さんからの報告⑧)

ネパールブンガマテイと共に
地元ボランティアが動いてるブンガマテイ
彼等は、朝6時から11時まで一日50人位が活動している

 


ネパールの銀行の支援を受けて道具は
一輪車16台
角スコップ5本
ツルハシ4本
クワ3本
主に道路の瓦礫撤去をしている
リーダーは複数いるのですが
現場の指示系統は無さそう


何度か会っていたが昨日彼等と共に瓦礫撤去作業
ジャパニボランティア5名で参加
作業のスピードは、倍位早くなる
手を動かしている人よりなぜだか見ている人の数が多い彼等の作業現場


ネパリな時間の現場作業
それでも今回
数カ所の被災地を回ってきたが
組織だって動いてるボランティアチームを初めて見ている
口出したい事はたくさんありますが、
少しずつ少しずつ提案していけたならば
彼等の要望は
一輪車10台
スコップ5本
鑿岩機1台
特に鑿岩機があれば作業効率が上がるとの事です。


リーダーが言うには鑿岩機一台35000ルピー
もう少し彼等と作業して見て支援を考えようと思う
作業が終わるとおばちゃん達の炊き出しがある
ジャパ二チームも頂きました
日本のボランティアセンターな感じでもあります。
— 吉村 誠司さんと一緒です。

行く人来る人

今日オープンジャパンのの仲間であり災害救援の先輩でもある助さん(吉村)監督(木村)さんがカンボジアへ向けてカトマンズを後にした

各地の調査
ブンガマテイのニコニコプロジェクトでのコミニュティスペースの建築作業に

ブンガマテイ地元ボランティアへのレバーウインチの使い方指導などもして
資材をレントして行く事になった

 

そして入れ替わるようにフェニクッス救援隊の古川さんが
ネパール入りしました

助さん
監督
一週間お疲れ様でした

一緒に動く人は、

ネパールで動いていると出会いがある
そんな一人が広島県三吉町から何か自分が出来る事はないかとネパール入りした龍ちゃん

彼は昨年の広島の土石流災害でボランティアをし
今度は広島からネパールの為にと富士山ゲストハウスの水出さん経由で会う事になったナイスガイ

建築系の仕事をしている龍ちゃん

心強い仲間と共に活動しています

ブンガマテイと共に

昨日はフェニクッス救援隊の古川さんをブンガマテイ村にご案内

古川さんが日本から持参した水の大腸菌検査キットでニコニコプロジェクトコミニュティスペースのご近所さんの飲料水
水汲み場
公立学校
私立学校
診療所
給水車
などなどの水質検査

途中イタリア政府の調査団と出会う
彼等がニコニコプロジェクトのトイレに興味を示しニコニコプロジェクトコミニュティへご案内
持続可能なコミニュティ作りを小さく長く継続したい旨を伝える

夕方連絡を頂き
ボランティアさん紹介したいけど〜と
とりあえず会う事に

チャチャカフェ行くとプチミーティングが始まる

今ネパールで出会う日本の方々は
皆 何か自分の出来る事で動いている

支援先や活動内容は違えど共通の話しや参考になるお話し言語が同じな事はコミニケーションが早いものです。

ブンガマテイと共に

ブンガマテイの学校リサーチ

旧校舎が危険な為畑を借りて仮説校舎

教室がまだ足りないとの事

校舎の敷地が畑のまんま

 

小さい学年の子供達の通学はバランスが必要である

 

学校の回りは田んぼで田植え中です

ひ~さ~のfacebookから転記

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

めんこいなぁ、希望に満ち溢れている子供たちが居る。
何だか、負けてられないなぁ…なんて、勝手に思っている自分がおりました。(が)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<OPEN JAPANの緊急支援プロジェクトへご協力お願いします>

郵便振替口座 02250-5-126661口座名 一般社団法人 OPEN JAPAN

●他の金融機関から 店名 二二九(ニニキユウ)店 当座 0126661

 

 

ネパールの様子(ひ~さんからの報告⑦)

ネパールブンガマテイと共に

自分たちジャパニボランティアで作ったなら完成する時間は早い。

ブンガマテイでのトイレ作り

ブンガマテイの方々と共に動くこと

共にを大事に 一緒にすすむ

 

 

資材の買い出し コンクリートリングを買うのに2時間

村まで運ぶのに2時間

明日からは、田植えが始まるからと3日間の作業休止

ネパールブンガマテイな時間が過ぎて行く

 

ゆっくりとじっくりと

仲間がトイレ作りの間には

村をあっち行ったりこっち行って見たり うろうろと

ブンガマテイの事

少しほんの少し他所者から見えてくる被災地

被災したチャイ屋さんが新規オープン

美味い うまい

復興チャイ

話し愛の時間が長〜いネパールの日々

ネパールブンガマテイと共に

トイレ作りが村の方々とのコミニュケーション作り健康作り

幾つかの支援団体が仮説のトイレを作って帰って行った

とりあえず穴掘って

たくさんになったら埋めてしまうトイレを

土壌に浸み出す汚物

雨季のネパール大腸菌からの病気の問題

たくさんの国際機関がネパールの病気蔓延に注意を促しているが住人さんは意識が少ない

コレラ 肝炎 腸チフス

10年前のハイチの地震後9000人の方がコレラで亡くなったと聞く

肥溜めを作り命を奪う病源菌の元になるトイレから
命を育む肥料を作るトイレへ

雨季の雨水を利用した水カメを置き衛生面を少しでも向上させたい

他の仮説トイレより時間も手間もお金もかかりますが

住人さんに注目してもらい

健康と衛生

そして持続可能を

ブンガマテイまだまだ化学肥料を使用していない農家さんも多い

開発が進むカトマンズ近郊の村

古典的な服装のご婦人達も多い

村のリズムで伝統を壊さないように持続可能な暮らしを繋げて行きたい

トイレ作りの最初の聖地作業は 近所のお姉さん?が始めてくれました

 

ネパール いにしえのバクタプル

仲間の助さん二度目の支援へ戻る

1度目の食料などの緊急支援活動を終え帰国していた

オープンジャパン災害支援チームの仲間
災害支援の先輩吉村さんこと助さん

到着後カトマンズで打ち合わせ済ませバクタプルへ向かう

サイノネパールの仲間

ユウコさん達と一緒に被災した学校へ

 

助さんと一緒に日本から来た監督さん(女子サッカーコーチ)が校長先生との話しの中

校長先生が子ども達には今音楽が必要との事にて

その場で今、日本にあるピアニカ40台を今月ネパールに来る仲間が持参する事にさせてもらいました

そして折り紙の先生も学校には居るのですが
紙も無いと

8月来る支援組には
日本折り紙を持参して
日本の折り紙教室開催決定となりました

大きな団体でも無い

オープンジャパン災害支援はひとり一人の

ご縁と繋がりご支援で動いております。

日本からのリサーチリクエストや

ご縁から来るお話し

向かう場所が増える

お会いする方々との打ち合わせ

時間は過ぎる

やれる事は限られる

出来る事は少ない

でも一人じゃない

ありがとがんす。

ネパール天空の村ラプラック
二度目の支援活動3日前に最終判断しました

公立学校での

持続可能な環境授業

天人ジュン君提案の村での自立支援活動各種プロジェクトの確認

命の水対策としての浄水器を子ども達とのワークショップでなどなど

やる事がたくさんの天空の村ラプラック

村の方々との話し合いの結果

雨季のモンスーンシーズン

村人でも村の出入りは大変危険との状況

支えてくれるのは ありがたいが

あなた達を危険にさらすわけにはいかないと村の方々

最終判断は、今回のラプラック支援は延期します。

昨日もダージリン地方で土砂崩れがあり40名の方々が

お亡くなりになられたと聞く

地盤が緩んでいるネパールの山々

あちらこちら余震も続いている

無理せず行きたい

冒険家でも無いんだしなぁ。

しかし

そんな状況の中

お一人の日本人ドクターがラプラックへ向かう

ラプラックの衛生面 健康状態を相談させて頂いていた
元国境無き医師団の石田先生

ネパールの山々の命の支援活動の大ベテラン

山々を見ながら(危険を確認しながら)慎重に向かうから大丈夫と話される。

昨晩石田先生のプランと

災害時の衛生面 健康問題 精神問題

伝染病のお話しなどを聞かせて頂きました

今晩には、

村へ入る若手住民を選択して石田先生のサポート体制の話し合いをラプラックソサエティーと打ち合わせする事になりました

若い旅人の流れから始まったボランティア活動や

何十年と命と向き合って来られたベテラン先生のボランティア活動

無理と無茶と経験

様々な動機から

判断力と自己責任

ネパールで真剣に命を考え

命と向き合い

動いている日本人がここに居る

きっと日本では、ほとんど報道もされなくなっているネパール大地震

モンスーンシーズン
災害は
まだ終わっていない

命の話し合い

日本でも必要だなぁと考える

自然災害と人災による被曝の問題

命の話し

生きる

生かされる命

生物多様性会議が名古屋で開催された東日本大震災の前年

愛知のまつり仲間達とその年は様々なアクションを興して来ました

その一つが

北のアイヌと南の琉球が日本の真ん中

愛知で出会う時

何かが始まる

尾張の始まり

すべての命の祭り

すべての命の祭りを興した

多民族国家ネパール

多民族が暮らす地球

虫も花も動物も

地球も生きている

地球人よ

争いから奪いあいから

支え愛の地球人へ

向かって生きませんか〜〜

戦争よりも祭りを

すべての命の祭り

自分の出来るまつり

人と人の間を繋げ

間を連る

まつり

ネパールでもまつりしてます。

命の祭りを

ひ~さ~のfacebookから転記

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

解決を急ぐコトは暮らしですか。

じっくりと、文化や暮らし、生きざまに寄り添って、

時に忍耐、時に共に笑い、時に共に泣き・・・。

教えるとか、手伝ってあげるとか、得意とか、そんなことじゃないそう感じました。

愛です。(が)

8月の支援活動は『折り紙教室』応援の程宜しくお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<OPEN JAPANの緊急支援プロジェクトへご協力お願いします>

郵便振替口座 02250-5-126661口座名 一般社団法人 OPEN JAPAN

●他の金融機関から 店名 二二九(ニニキユウ)店 当座 0126661

 

ネパールの様子(助さんからの報告⑫)

6/29バンコク乗り換えでカトマンズ無事に到着…


駐在のひーさんと再会し、バクタプルの被災学校訪ね(写真撮れず)、夕方からは天空のラップラック村会議へ…
長い一日ですが、再会に喜んでくれた皆さんの笑顔に感謝です。

6/30
今日は、カトマンズ近郊でSAINO佐野さんと連携プロジェクトを進めるブンガマティ地域を訪ねた。
半壊や一部損壊世帯も多く、水道も壊れたままで、多くの方々がテント村生活を送る。

 

オープンジャパンひーさんチームは、現地の方々と共に汗を流し、村での大切なトイレ(肥料に活用)がまもなく完成となっていた。そして、雨水利用した水タンク設置と集会所作成案の打ち合わせだ…

 

モンスーン雨期となっているが、昨日からほとんど雨は無く、田植えの方々は適度な降雨を待っている…

しかし、一旦降り始めるとかなりの降雨となり、山間部は孤立する為、かなり困難な山間部ラップラック村の方々は、少し様子見を勧める。


明日は、学校の教室作りプロジェクトの第一弾準備の為、早朝よりシンドルパルチョーク郡のバラビシェに向かう!

7/2
カトマンズからシンドルパルチョーク郡バラビシェ町への道のり…


やはり昨夜の激しい雨で約500m土砂崩れで道が埋まり、かなりの泥岩を抜けて待機している路線バスに乗り換えてバラビシェ町へ。

 

バラビシェ町から2時間半のラムチェ村への道のりも林道が渓谷となり、あちこち土砂崩れで、荷揚げトラック通行はかなり困難だ…

※以前の土砂崩れで川がせき止められ、水没した家々です。

7/3
土砂崩れ現場より中国国境方面へ約5キロでバラビシェ町へ到着。資材屋のトレッキングとなり、波板や傘釘、セメント、鉄筋、砂、ブロック、塩ビパイプなど、被災地の中だが、様々な物が購入できる。

倒壊家屋からは、鉄筋再利用の為に、ハンマーでコンクリート床など叩いて壊して取り出そうと懸命なのんびり作業。

このバラビシェから徒歩で2時間半はかかるラムチェ村への道は、雨期後に資材搬入を誰もが勧める為、今回の購入は価格調査として延期とする。

 

 

帰り道、土砂崩れ現場を一緒に歩いた山羊とおばさんが、ローカルバスに乗り込んでゆける光景があり、「ほのぼの~」でした。

 

昨日は、ブンガマティのトイレ製作チームと別行動し、震災後同行通訳などお世話になっているモハン&吉田夫妻の工房を訪ね、いろいろと情報交換。

また、旅行代理店を訪ね、山岳地へのヘリコプターチャーター費など緊急時等の対応調査も行う。(震災直後は、6人乗り1時間で2500ドル→今、1800~2000ドルほど)

夜は、ラップラック村のダンバルさんや日本の医師とスタッフ一同で打ち合わせ。来週、この医師は、天空の村へ向かう予定だ。

助さんのfacebookから転記

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

現地時間2015年4月25日に地震が発生して2ヵ月が過ぎている。
まだ、山が動いている…
雨季の雨は土を流し山間を堰き止め、家々を水没させる…
地球は動く中、人々は一生懸命生きている。
忘れてはいけない。
『今も地球は動いているコトを!』
(が)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<OPEN JAPANの緊急支援プロジェクトへご協力お願いします>

郵便振替口座 02250-5-126661口座名 一般社団法人 OPEN JAPAN

●他の金融機関から 店名 二二九(ニニキユウ)店 当座 0126661

 

OPEN JAPAN 福島放射能測定所スタート。

OPEN JAPANの放射能測定器を宮城県石巻市から福島県塙町に移動しました。
2015年6月25日に福島県塙町にて収穫したジャガイモ(種芋も同じ土地産)を測定しました。
660g、3800秒で測定、結果はヨウ素セシウムともに不検出でした。
モニタリングポストによる空間線量0.06マイクロシーベルト、
ウクライナ製ガイガーカウンターによる空間線量0.13マイクロシーベルト。

山の中で生活をしていると、山にあるものをいただいて暮らすことが日常となってきます。
原発爆発から4年の歳月が経ち、放射能のことを口にする人はますます減ってきました。
県内で出荷規制がかかっているイノシシ肉を「おいしいから食べな。」といただくこともあります。
イノシシ肉は市民測定所で測ってもらったところ、セシウムが555ベクレル検出されました。
これが今のわたしたちが住む原発から60km離れた場所での日常です。

食するものは放射能測定器で調べて、安心していただきたいと思います。
また、歳月と共にどれくらいの線量の推移となるのかも調べてみようと思います。

ネパールの様子(ひ~さんからの報告⑥)

カトマンズでの日々

天空の村ラプラックから戻りカトマンズでは連日打ち合わせとロケハン

伊豆大島の土石流でお邪魔していた時に

社会福祉協議会の伊豆大島災害ボランティアセンターで

受付をされていたご婦人は20数年ネパールの学校支援をされている。

お会いして何が出来るかの相談を受ける

被害が甚大すぎるとの話しの中

被災した学校関係の子供たちを今迄の様に支えて行く事になりました

ポカラの方でバイオガスを使ったりオーガニックコーヒーなどのエコファームに取り組んでいる方や

ネパール在住?の日本人の方からの紹介で

カトマンズ生まれの

トレッキングのグッズ屋さん日本語学校経営者の方

仏具屋さんにククリ屋さん

タメル地区でお仕事されている方々でサイノネパールと言うチームを今回作った方々とも連携させてもらう事に

少しずつですが、ネパールでのネットワークが繋がり出してきた

 

地縁血縁コネクションの強いネパール社会

心強い仲間達と動かさせて頂いております

ネパール ブンガマテイ村(1)

カトマンズからおよそ30分くらいのブンガマテイ村

サイノネパールとオープンジャパンご一緒プロジェクト

ニコニコプロジェクト第一回として

国連の食料支援も無くしかしながら食料はなんとか仏教会などからの支援で乗りきっているとのブンガマテイ村ですが

前回ロケハンに行き

そして事前の村の世話役の方にも調査して頂いた結果

750世帯の被災された家族の中

独居老人母子家庭の方や生活の大変な方々51世帯の要望を聞き

夜中のトイレに行く際のヘッドライトや雨季の季節の傘ポンチョを51世帯の方々にお配りする事になりました

 

 

ほとんどの方が字をかけないとの事でしたが、
お配りした方にニコニコマーク見たいな絵を一本の傘に描いてもらう事になりました

 

そしてお渡しする傘一本一本にも優子さん みどりちゃんが絵を描いてお渡しする事になりました

 

傘などをお渡ししながら家族構成などを聞いたり

リウマチがあるとか聞いたりし

今後の支えをどうして行くかを聞き取りさせて頂きました

その結果としてトイレの絶対数が足りず

皆さんあちこちにされているとの事で衛生面からもバイオガスのトイレは今回は無理ですが

緊急として汲み取りして肥料にできるようなトイレを週末に作る事になりました

ブンガマテイの支援状況は最初に中国の団体が750世帯にブランケットを一枚ずつ

デンマークかノルウェーの団体(聞く人によって国が変わる)の住宅支援サポート

製薬会社の仮説トイレ(穴埋め式)が入っていたとの事ですが

今後は、今現在は住宅支援の団体継続のみとの事です。

テントを訪ねるとテントごとにも生活状況が違い

今度はトイレを作りもう少し踏み込んだコミニケーションを図り

地元のサイノネパールと村の方々のパイプを繋げて行こうと考えております。

あくまでも日本から来ての支援ですから

村人のやる気とその為の少しの物資の支援

ネパールの支援チームのサポートに徹して行きたいものです。

ひ~さ~のfacebookから転記

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第一回、ニコニコプロジェクトが始まりました。

雨の季節のニコニコマークは似合いそうですね。(が)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<OPEN JAPANの緊急支援プロジェクトへご協力お願いします>

郵便振替口座 02250-5-126661口座名 一般社団法人 OPEN JAPAN

●他の金融機関から 店名 二二九(ニニキユウ)店 当座 0126661