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九州北部豪雨災害 現地より報告 7月31日

現地入りしているOPEN JAPANのメンバー&仲間たちがFacebookなどを通して個々に発信している内容を1日毎にまとめて報告させて頂きます。

 

食も大事です。

茨城県常総市から福岡県東峰村へ

一昨年の鬼怒川決壊で甚大な被害があった常総市。
昨年台風10号岩手県岩泉町安家へも市役所有志でボラバスを出して駆けつけてくれた市役所職員。

東峰村でも前日は床下泥出しでドロドロになりながらも一緒に活動してくれた。

次の日は東峰村役場にて村長さんへ応援メッセージを手渡す。

前日の西日本新聞では東峰村役場職員の人員の少なさからくる疲労状態がニュースにもなる。
被災自治体が小さいと業務負担がそれだけ一人あたり増えて行く。

今回は常総市市長はじめ100名の市役所職員による東峰村役場職員への応援メッセージと市役所職員から役場職員への支援金を携えて。


村長 副村長さんとのお話のあとに農林観光課 課長 次長さんと常総市での経験やノウハウを伝えていただく。

ほとんどの自治体が災害が初めての場合、聞いた事の無い法律や制度が出てくる。

県や各監督官庁国に問い合わせてもよく理解しにくい事がある。自治体同士の方が現場レベルの話しが早い。

お互い携帯電話番号を交換して気楽に話せる関係性を繋ぐ事が出来ました。

東峰村では、田んぼの水が水路が土砂で埋もれ今年の収穫を諦めかけている地区がみられます。

山合いのスーパーもコンビニも無い村、半自給自足のお家が多い。

田んぼが生きがいのおじいちゃんも多い。

今年諦めたならば農業から引退してしまう方が増える。

山合いの暮らしを続けていただきたい。


昨日の夕方、東峰村若手議員やライスセンター所長さんとボランティアセンター敷地外の入り口にて田んぼ水なんとかしよう作戦会議を呼びかける。

社協ボランティアセンターとは別の動き

基本社協ボランティアセンターでは農業ボランティア活動は無しです。

生活と密着している田んぼや畑。

社協ボランティアセンターとは別枠でプロジェクト始動します。

地元の方々が主体となり少しだけお手伝いさせていただきます。

秋には東峰村産のお米が食卓に上がりますように

緊急支援プロジェクト、詳細は間も無くです。


(以上ひーさーFacebookより転載)

 

ひーさーの一日。

僕は丸1日、OPEN JAPANの現地責任者ひーさーと同行。今日はひーさーという人間1人の1日の活動を書いていこうと思う。ひーさーは被災地からFacebookを通して自身の言葉を発信しているが(上の記事のように)、その人間が普段さらに何をしているのかを客観的にみんなに伝わればと思いながら書く事とする。

まず朝、ラジオ体操をしようと僕が起きたらもうひーさーはいなかった。朝の8時15分から行われるミーティングでスムーズにボランティアを送り込めるようにするための現場調査にすでに向かっているという。

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8時15分のミーティングの後、ます東峰村災害ボランティアセンター(以下ボラセン)の局長に会いに行く。昨日から東峰村入りしている茨城県常総市の市役所職員であるヌマジリさんとハマノさん(一昨年の鬼怒川の決壊のよる水害でひーさーと活動を共にした方々)を紹介する。

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ヌマジリさん、ハマノさんを連れて本日の作業現場へ向かい、地元の方とボランティアを繋ぎ、どのように進めていくかの確認。本日は重機1台で生活排水の側溝の上に溜まった土砂を取り除き、溝の中は重機の爪が入らないので後からボランティアが人力でかき出すという段取り。

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ヌマジリさんとハマノさんが、常総市の市の職員さんから東峰村の方々への応援メッセージと支援金を東峰村の村長に直接手渡す。この日程の調整やプレスリリースなどの段取りをひーさーが事前にしていた事は言うまでもない。このヌマジリさんとハマノさん、昨日は1ボランティアとして床下の泥を搔き出す作業にあたってもらった。もちろんその段取りもひーさー。

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ちょっとしたセレモニーの後、村長と直接これからの作業計画についての打ち合わせ。現段階で手が付いていない現場を、どこまでを地元企業が入り、どこまでを地元の村民が入り、どこをボランティアが手助けするのかといった事を具体的に決めていく。過去に土木関係の仕事をされていた村長は話が早くすぐに実行したがる方。色々な立場の人、そして色々な能力を持つ人と直接話ができるようになるまでの関係作りはひーさーの大きな得意技のひとつ。

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次に向かったのは東峰村の農林観光課の事務所。実はヌマジリさんとハマノさんは常総市の農林課に務めていて常総市の水害の時にその中心となって活動をされていた方々。被害にあってから復旧するまで、地元の農家さん他沢山の方々とのやり取りや、被災直後の話、少し落ち着いてから必ず出てくる問題、住民の声など自分たちの経験からのアドバイスや、お決まり事に対しての抜け道などなど、全く同じ立場の方だからこそ伝えられる事が本当に多くあるのだなと、みんなの専門用語が飛び交う話を聞きながら感じた。

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朝一で段取りをした現場にボランティアさんが入ってくれ、午前中で作業完了したとの報告がひーさーの電話にあった。そのままボランティアさんを帰って頂くのはもったいないので、その近辺で新たなニーズをその場で見つけ作業に入ってもらう。
ボラセンを通して来てくれるボランティアさんは、1日、もしくは数日の休みをとりやる気満々で来られる方も多い。そのエネルギーを無駄無く住民さんの笑顔に変えられるようにするためには、日頃からの住民さんとの付き合いや、現場を見る目、そしてそれを覚えておく事などが重要となってくる。それは日々自分の足で回ってでしか繋がっていかない世界なのだと感じる。その人の持つエネルギーを流す、流すために繋げる、これもひーさーの大きな得意技のひとつ。

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ひーさーが次に訪れたのは宝珠山(ほうしゅやま)ボラセン。東峰村には2つのボラセンのサテライトがある。ひとつはOPEN JAPANがベースを構えている小石原ボラセン、もうひとつは宝珠山ボラセン。現在2つのボラセンは車だと20分ほどの距離なのだが山が崩れ道が寸断されてしまっていたため災害直後は行き来するのには片道2時間半かかっていたとの事。
ここではボランティアの作業内容の打ち合わせ。個人宅での作業はどこまでやって完了とするのかという共通の線をみんなで認識しなければいけないねという話。ボランティアが入って作業完了した写真を見るとそれぞれに大きな差があるのが分かる。まだ床に土が残っている状態で終わりというところも。他、養生をするしない、消毒をするしない、ちゃんと乾燥させてから床を張るまでの説明の有無などなど。それをコーディネートできるリーダーがいるかいないかが要なのだが。本日の話し合いの結果、OPEN JAPANのチームがコーディネートする現場にいちど一緒に入ってもらい、OPEN JAPANの作業内容を見て覚えてもらう機会を作るという事に。OPEN JAPANにはこのはからめ暦にも何度も名前が挙がるジョッキーという人間がおり、彼の描くラインを越えなければ作業が完了しないというジョッキーラインという線がありそれを他のボランティアが見て感じてもらうのは、住民さんの笑顔にも繋がる事になるという訳だ。

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宝珠山ボラセンで話をしていると大粒の雨が降り出して来た。「今帰らないとやばいかも」とひーさー。土が落ち着いていないので村全体を茶色の水が流れている。途中、車のタイヤが半分水に浸かっているような道を通過し小石原に近づくとパトカーが待機、すでに今通ってきた道が通行止めになっていた。「良かったぁまだ感が残っていた」とひーさー。そう、もし5分ほど出発が遅れていたら通行止めになってしまい2時間半かけて回り道をしなければいけなくなっていたのだ。

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通行止め区間を抜けてすぐ鼓の里(つづみのさと)という、飲食店などいくつかの店舗が入っている施設で車を停める。「ありゃ〜、ここ昨日ボランティアが入って奇麗に掃除した所なのに〜。」とひーさー。じつはこの鼓の里、災害後の復旧作業のため全店舗しまっていたのだが、明日が再オープンの日なのだ。店舗の裏を流れる沢水が濁流となり、また店舗や事務所が浸水してしまった。また雨が降ったら同じ事になっちゃうね、とひーさーと僕とで根本的な解決策を考え、明日は僕がここの現場を受け持つ事を決めてベースに戻った。
ベースに戻った後、ひーさーはスマホに入っている何十件ものメールやメッセンジャーなどの返信をやっとはじめる。
これが今日のひーさーだ。何か作業を人に振れないのかと思ったりもするのだが、ひーさーが回しているエネルギーは、短期のボランティアでは抱えきれないことがほとんどだ。今、オープンジャパンでは長期のボランティアを募集している。現地で動く事は直接住民の皆さんの喜びに繋がるという答えはすでに出ている。「人生の中の10日間を見知らぬ困っている人のために使ってみる」そんな選択肢をひとつ、みんなの心の中に加えてみてはくれないだろうか。 (匠)

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午後3:30、激しい雨により東峰村全域に避難勧告・避難指示が発令されました。すでにボランティア活動は雨が降る前に天気予報によって活動中止との指示が入っていました。道が通行止めになり、今日到着のはずのボランティアさんも入村できず近くの町で待機中です。午後7時、避難勧告は解除になりましたが、通行止めは続いています。土砂をきれいに片付けたところにまた土砂が流れ込んだところもあり、精神的にも疲れが堆積していきます。
昨夜は夜中まで長期組と今後のオープンジャパン緊急支援の体勢について話し合いました。その日の活動が終わり、次の段取りや細やかな連絡事項を終え一息つくと、やっと仲間たちと話す時間を持てます。災害直後から走り続けている長期ボランティアメンバーですが、この先も無理無く継続していくためには彼らを支援することが必要とされます。休む間もなく動き続ける毎日、緊急支援の活動に緊急性がなくなったからといって支援の手が必要とされなくなった訳ではありません。今後も活動を継続していくためには責任を持って動いてくれる人員が必要です。よく聞かれます、「ボランティアやっててお金とかどうしているの?」気になることですよね。みなさんからの支援金は現地の復興のために役立てているので、活動している人のお給料のようなものになるわけではありません。彼らの生活をどうするか。ボランティア活動に専念している人が経済的なことを悩まずにすむようなシステムづくりが必要とされています。 (よ)

以上、月とカヌーのWEBサイトより転載

 

現在OPEN JAPANでは、九州北部豪雨災害の支援活動を行っております。現地で活動する仲間、後方支援する仲間、それらを支えてくれる仲間・・・・。これらの活動に対する支援金を募っております。皆様の気持ち、エネルギーを、私達OPEN JAPANを通して現地へ直接届ける活動を行ってまいります。どうぞご支援のほどよろしくお願いいたします。

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