牡鹿半島の鮎川浜に向かう手前に、歩くと「くくっ」と鳴る十八成浜がある。
「くくっ!」を漢字の「九九→十八、鳴る→成る」として十八成浜(くぐなりはま)と読んでいると仙台の仲間から聞いた。なるほど・・・
しかし、地震で地盤が120センチは沈下して、その美しい浜は、わずかに残るだけとなってしまった。また震災は、漁師さんや地元のおじさん達が集まっていた作業場も壊してしまった。
震災前から、漁や仕事の合間に器用なオヤジさんたちが集まっては、クジラ(今は調査捕鯨のクジラ)の歯や海底に沈んでいた貴重な木材(網にかかる)を使ってペンギンなどの置物やキセル、ルアー、キーホルダーの作成、携帯電話のストラップやミサンガ(腕輪)などを作っていた。
この度、「オヤジの居場所プロジェクト」と題して、その場所を再建しようと、区長さん達が立ち上がり、大原の棟梁に設計から墨入れ、建築を依頼した。
まず日本財団のクロさん&学生ボラGakuvo隊が、基礎工事のコンクリート土台を完了させ、http://blog.canpan.info/coco/archive/2497
棟梁が2ヶ月間材料を刻み続けた柱材などを先月後半から組み上げ始めた。
あいにくの雪の日もあったが、狭い道に名古屋から借りている4トンユニックがうまく入って太い柱を吊り上げつつ、見事に3月2日に棟上式と餅撒きの儀式を行うことが出来た。
途中まで、釘を使わずに組み上がってゆく、棟梁の技に、昨年の震災直後から京都より通っている米国人大工のロバート(IDRO JAPAN)さんも驚き!
「十八成浜で最初の棟上式だよ・・・これが完成したら、ボラさんも一緒にいろいろと作ろうな!この場所は自由に使ってもらってもいいよ!」と区長さん。
紅白のカケヤで棟木を打ち込み、神様も供えられて嬉しい表情の棟梁。
太平洋と蔵王連峰に沈んでゆく夕陽を見ながら、次への一歩、共に創ってゆく喜びを感じられる日だった。
しかし、まもなく一年が経過するが時が止まったままの方々が多いと痛感している。(吉村)










