津波で大きな被害を出した女川の竹浦の漁港に2004年10月23日の中越地震の被災地小千谷から訪問団が来た。
地震後、集団移転を決めた小千谷市十二平を竹浦の方々が訪問してから交流が始まった。
山古志村にも近く、孤立した十二平(路上にSOSと書いた)に様々なサポートで入っている重機隊の頭、風組新保さんも一行に加わってマイクロバスの運転の協力だ!
石巻と女川は近いが「仮設住宅廻りをしている団体は少なく通院や買い物などが大変です!車があっても免許の無い方々が多いし‥」とのこと。
竹浦の集団移転計画についての話し合いができる集会所が漁港にできたのはありがたいがいくつかの仮設住宅に分かれて暮らしているのでなかなか集まれないという。
約60世帯が暮らしていた漁村はほとんど更地となり寂しい景色。亡くなった12名の半数は行方不明のままだ。
再び大漁旗をなびかせて海に向かって行ける日を願いつつ、また再訪しようと思った‥‥
吉村の助