OPEN JAPAN ブログ - 日々の活動などなど

2020.1.14〜1.21 【ウィークリーレポート台風19号宮城県丸森町支援】


1月14(火)~16日(木)

神社の参道補修と「どんと祭」

昨年の暮れ頃のこと、「何とが14日のどんと祭までに、参道の崩壊ば直すてくんねがないん??」「軽トラ上がらんと、しんどくてなやぁ!!」

そう言って金山地区にある金山神社の総代さんが、神社の参道補修を金山地域のニーズとしてオープンジャパンに依頼してくださいました。

わずかな水流しかなかった水路が、台風の豪雨により激流と化し、参道の一部を抉りながら、下の駐車場まで土砂を押し流しました。

えぐれた水路に水を通すためのコルゲート管を埋設して、参道の幅員確保をして欲しいとの依頼でした。

当初は年明けの1月14日までに、参道補修の完了を目指せば良いと考えてましたが、初詣にお年寄りの皆さんが、階段を登りながらの参拝は酷いものがあるのではと考え、年末の28・29日の両日で一部を残して参道補修を完了しました。

総代さんからは、「金山地区の氏子は、まさが初詣まで間に合うど、思わねがったやぁ!!」「年寄りしたず喜んでだどぉ!!」

「お陰さんで、どんと祭も開催でぎます!!」「いやぁ~、あんだ達には助けらいるなやぁ~!!」とのお言葉をいただきました。

そして年が明けて1月14日。

燃え盛る御焚き上げを囲み、金山、青葉の地域の皆さんと共に「どんと祭」当日を迎えることができました。感謝のお言葉を頂き、オープンジャパンのメンバーも明るい話題で正月早々至福の一時を過ごさせて頂きました。

その地その地で開催されるどんと祭。金山、青葉の地域の皆さんが、久しぶりに顔を合わせて心置きなく話し続けている姿に、地域住民の繋がりの強さ垣間見ることがでました。災害にはこうした地域の繋がりが本当に大切なのだと、強く感じながら丸森の夜は更けていきました。


1月17日(金)

阪神淡路大震災から25年

阪神淡路大震災が「刻む」命の尊さ、地震の恐ろしさ、悔しさ。

25年前のこの日を覚えて…当時「神戸元気村」であの震災と向き合った仲間達は25年の時を経て神戸へあの震災後、何度も聞いた助さんの言葉


「もっと早く現地に行けば救えた命があったのではないか…」


その思いが、今の「オープンジャパン緊急支援プロジェクト」の根っこには脈々と流れています。

25年目の祈りの時宮城県丸森町で活動中のメンバーは、朝そっと黙祷を捧げてから活動へと向かいました。


1月18日(土)~19日(日)

「ここまできれいにしてもらったからまた住んでみたいと思う」

そう住人さんが言ってくれたと、長期でボランティア参加しているカケル君がうれしそうに報告してくれました。

週末、ボランティアの人数も多く集まり丸森町の各地で活動しました。

【竹谷地区】

竹谷地区では側溝の清掃や水路の整備を行い、壁とブロック塀の間に堆積していた泥も学生チームの連携できれいに取り除いてくれました。少しづつ少しづつ街中の光景も変わってきています。

もう住むことをあきらめかけていた住人さんも、きれいになった家の周囲を見て、もう一度住んでみよう、という気持ちになられたそうです。止まっていた家屋内の作業もあらためて進めていくことになりました。

事業所として鉄工所を営んでいるお父さんのところへも入りました。人が居住する家屋の作業が優先されていたのでなかなかボランティアの手も回らず、こつこつと仕事場の片付けを一人でされていました。

大事な道具も泥にひたり、仕事もできず3か月収入も途絶えてしまったといいます。DRT黒さんが工具を直したりもしました。

手付かずで畳にキノコが生えてしまっていた事務所内も、ようやくきれいに泥出しをして少しづつ工具も回収、分別しました。

「先は長いけどこれでまた力が出た」と笑顔を見せてくれました。

【上林地区】

上林地区でずっと入っているお宅の庭の土砂だしも佳境に入り、マドリードから長期ボランティアとして滞在している西野さんがムードメーカーとなって作業が進みました。

手作業でしかできない植え込みの中の泥出し。それと並行して重機でなければできない庭のお隣に流されてきた車の引き出しも行えました。

【仮設住宅】

仮設住宅ではスマイルシードのメンバーが絵馬づくりのワークショップを開催。

住人の皆さんと手作りの絵馬に願いを描きました。みんなが自分で作った絵馬を住民さんと一緒に再生した神社へかけに行きます。

仮設の方だけではなく近隣の在宅の方もお招きし、久しぶりの再会をされる方、新しい交流を結ぶ方、地域の交流の場として仮設の集会所を機能させていました。

住人さんからのニーズは減少し、それにともないボランティアの数も減ってきています。ボランティアセンターも週末型に移行しました。

それでもまだまだ声を上げておられない方たち、声を上げることができない方たちがいらっしゃいます。声なき声を聴きながら、収束を急ぐことよりも、見逃してしまうことがないように寄り添っていく活動をこれからも続けていきます。


1月20日(月)~21日(火)

発災から3ヶ月が過ぎて

丸森町災害ボランティアセンターの目の前にある、丸森町民広場での災害ごみの受付が1月15日をもって受付を終了しました。

ボランティアセンターに来る度に、減っては増え、減っては増えを繰り返している様子を毎日見てきました。

時には大きな虹がかかったことも。 最初はフェンスの2倍の高さまで積み上げられていた災害ごみもあと少し、受付終了から6日経った今日もクレーン車は動いていました。

「災害ごみ」とは言えど、災害前はたくさんの人たちの大切な家財。広場の山が少しずつ減っていく度に、その大切さに思いをはせながら前を向かなければという気持ちになります。重機部隊は山間部に入っています。
まだまだ手つかずのところもあり、これからが息の長い活動になりそうです。※

●今後の災害ゴミの仮置場について
・大耕農村広場(終了日未定)
・大内山村広場(1月31日で受付終了予定)
以上の2箇所は災害ゴミの受け入れを継続しているため、回収・搬入の漏れがないように続けていきます。


【活動実績】

2020年1月15日(水)〜21日(火)
●活動件数 合計38件
└ 重機案件 13件
└ 大工系案件 22件
└ 炊き出し 3件 約300食
(ボンジャス2件、スマイルシード1件)
●活動人数 合計193人

【連携団体】順不同

DRT JAPAN. 災害NGO 結 IVUSA 石狩思いやりの心届けたい 北海道災害技術系ネットワーク チーム北九州 TEAM NORTH 一般社団法人国際健美軸協会 JOCA チーム茨木 テラセン 援人 スマイルシード 縁の下のもぐら GAKUVOwith東北大 Seeds of hope DRT広島 小笠原災害支援グループ(父島)  南浜ひまわりプロジェクト 被災地に学ぶ会 Bond&Justice

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